日本国際平和構築協会セミナー「エルドアン政権のトルコ」 (12/09/2020)

 9月12日に開催されたセミナー「エルドアン政権のトルコ」で、宮島昭夫・駐トルコ大使(9月15日付でポーランド大使に転勤発令)が講演しました。宮島大使は、激動する中東の「新たなパワー」としてのトルコを外交、軍事、内政、経済の各方面から解説しました。また、米国の影響力が低下するなか、独自の路線を進むトルコは、地域の安定のカギを握る、と強調しました。講演の概要は以下のとおりです。


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《トルコの2つの顔》
 日本の2倍の国土と8300万人の人口を抱えたトルコは地理的にも歴史的にも、中東、欧州、アジア、アフリカを結びつける結節点の国家である。この国は”volatility”と“resilience”という二つの顔を持っている。 つまり常にダイナミックに動いている面と、何があっても動じない底力である。一例に世界中が苦慮しているコロナ対策をとっても、トルコはよくやっている、という印象を受ける。人口100万人当たりの死者数は79人でドイツよりも少ない。ICUのベッド数も欧州を上回る水準である。平均年齢は32歳。65歳以上は人口の8.8%に過ぎず、若者が多数を占める将来性の豊かな国である。

《「強権」イメージ?》
 欧米や日本で伝えられる最近のニュースは、シリアへの越境軍事行動や、博物館だったアヤソフィアをモスクにした動き、東地中海でのギリシャとの対立などであろう。エルドアン大統領の「強権」ぶりが取り上げられることも多く、トルコにはトラブルメーカー・悪者イメージが強いと感じる。確かにトルコの政治には、我々の考える民主主義の尺度では心配な点はある。たとえば、「報道の自由」のランキングをみると、どの指標でみても良い数字ではない。投獄されているジャーナリストも多いのが実情である。ただ、周辺諸国と比べてトルコの自由度はどうなのかと比較してみると、その印象は変わってくると思う。「民主主義」をどういう基準で、どう評価するかは難問だが、欧州のように「上から目線」で批判したり制裁を課したりするだけではナショナリスティックな反発を強めるだけで状況は改善しない。前向きな変化を励まし静かに粘り強く働きかけていくのが日本流であろう。

 通貨トルコリラ安の傾向が続いているが、世論調査をみると、大統領や与党の支持率は低落傾向にある。大統領選、議会選とも僅差の勝利であって、次回の選挙は楽観できない。大統領への権力集中などエルドアン氏の「強権」がいわれるが、2023年に予定される大統領選第1回投票での50%プラス1票、議会選挙での過半数議席を得るため、与野党が真剣に競い合っており、その意味で民主主義はかなり定着している。これも周辺国と比べると例外的であって、「強権」といってもベラルーシなどの状況とはまったく違うと考える。

《対外関係》
 2002年以来のエルドアン政権時代に、クーデター未遂事件、サウジアラビアのジャーナリスト・カショギ氏暗殺事件、ロシア機撃墜事件など、国際的に大きな反響を呼んだ事件が相次いでいる。対米関係は、クーデター未遂事件の首謀者とされる米国在住のギュレン氏の引き渡し要求や、ロシア製のS400防空ミサイル導入問題、米国がISとの闘いで重要なパートナーとして軍事支援をしてきたシリア北部クルド組織(トルコは「テロ集団」PKKと同根であり安全保障上の脅威とみなす)への越境軍事攻撃など、対立面が目立つ。米国は中東地域から引いていく、もう頼りにならない、自らの国益は自分で守るしかないとの認識がトルコを含めこの地域の各国には強くなっている印象であり、国力伸長するトルコは独自の対応を取りがちなのである。

 ロシアとは何度も戦争しており信頼はしていないが、現実的必要から、エルドアン・プーチンは10回の首脳会談をし、これ以上の難民流入を回避するためのシリア北部での停戦維持やS400防空ミサイル導入など協力しているが、その一方で、リビア内戦では、それぞれ対立する側を軍事支援しているという複雑な構図である。原発などエネルギー供給では協力関係にあり、トルコを来訪する観光客もロシア人が最多という結びつきもある。

 欧州連合(EU)との関係では、トルコはEU加盟の旗を下ろしてはいないが、見通しは立っていない。やがてドイツの人口を凌ぐ勢いであり、EU側が受け入れるにはトルコは余りに強大になってしまった。それでもEUはトルコにとって貿易の半分を占める最重要の交易相手である。イスタンブール市民はじめ国民の3割は自らを欧州の一部と考えており、「中東」の一部とは誰も考えていない。

 中国は貿易や「一帯一路」でアプローチしているが、トルコには大国としてのプライドと中国に対する不信感がある。正面からの批判は控え気味だが、同じムスリムで民族的にも近いウイグルへの弾圧問題もあって、中国の影響力が特に強まっているという印象は受けない。

 昨年秋などのシリアへの越境軍事行動は、北部シリア・イラクを拠点とするクルド人テロ勢力(PKK)によるロケット攻撃からの自衛のために、国境から30キロの幅の緩衝地帯を実力で設定し、その安全地帯へのシリア難民たちの自主的帰還を目指すものと説明されており、トルコ国内では与野党とも支持がある。シリア北西部イドリブ県には150万人ともいわれる国内避難民がおり、停戦維持によりこれ以上のシリア難民が流入することは何としても避けたいと考えている。

 国際社会が忘れていけないのは、トルコがすでに世界最多360万人ものシリア難民を9年間も受け入れていることである。国外に逃れたシリア難民の64・3%を一国で受け入れている。トルコ経済が落ち込む中でも、シリア難民に対して人道的な扱いを続けている点には感心させられる。グデーレス国連事務総長も高く評価している。日本政府もトルコの難民受け入れ自治体の負担軽減のためJICAや国連機関を通じて援助を続けている。トルコは間違いなくドイツなど欧州への難民流入の防波堤の役割を果たしている。

 東地中海の海洋権益について、もともと隣国ギリシャとは排他的経済水域(EEZ)の設定をめぐって対立していたが、09年以降に海底ガス田が発見されたことで対立がエスカレートしている。エーゲ海の島々を基線としてエーゲ海全域からトルコの沖合近くまでのEEZを主張するギリシャに対して、トルコは自国の大陸棚/EEZが広がっていると主張。ギリシャ側による採掘が続く現状を不利と判断したトルコが資源探査船を派遣し調査を開始したため、一気に緊張が高まり、双方が軍艦を派遣してにらみあっている。偶発的な衝突の危険性があり要注意である。法の支配に基づく話し合いによる解決が求められる。EU議長国ドイツによる仲介努力は奏功しておらず米は積極的役割を果たしていない。

 また、トルコはパレスチナ問題でのイスラエルへの強い批判やロヒンギャ難民問題に注文するなど、イスラム世界での発言力を強化しようとしているように見えるが、カタールを除く湾岸諸国やエジプトはトルコの影響力増大に警戒心が高めており、うまくいっていない。
 

《将来性と戦略的な重要性》
 このように“volatile”な内外の環境で、トルコは焦点になっていると共に、次々に起こる危機をしのいでいく底力”resilience”を示している。中東でトルコに匹敵する影響力をもつのはイランとエジプト、サウジ、イスラエルくらいであろうが、平均年齢32歳の人口はイランを上回っている。経済力でも、購買力平価でのGDPは20年間で3倍、一人当たり2.8万ドルまで伸びている。トルコは既に地域の安定のカギを握るキープレイヤーであるが、今後10年、20年を見通したとき、その国力はまだまだ伸びていく。アゼルバイジャンなど中央アジア諸国に強いネットワークを持っていることも見逃せない。アフリカ諸国にも、イスタンブールから31か国に直行便が飛んでいるなど結びつきを強めている。日本のビジネス界にとってもシナジー効果のある協業パートナーたりうる。

 「親日国」と言われる通り、国内どこにいっても「日本」「日本人」というと強い親近感と信頼感を示してくれるのは大変ありがたい。明治維新以来の近代化への敬意、日露戦争で日本が「宿敵」ロシアに勝ったこと、2度の原爆投下から蘇ったこと、同じ地震国としての助け合いなどが積み重なってのことであろう。1890年にトルコ軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で遭難した事故があったが、その際に救助にあたった地元町民の活躍は、トルコの人たちに今も語り継がれている。その恩返しにと、トルコ政府が、1985年イラン・イラク戦争の最中にトルコ航空機を手配して邦人脱出に協力してくれた実績もある。2009から2010年安保理非常任理事国を共に務めたが、国際社会での平和構築を考えるうえでも、トルコと日本は多くの問題で立場が共通しており相互に協力できる戦略的パートナーであると考える。


(まとめ・水野孝昭)


<質疑応答の一部>


Q 坂根理事: シリア、サウジアラビア、パレスチナ・イスラエル、イランなど周辺国が様々な不安定要因を抱える中で、トルコは重要な位置を占め、また影響力のある外交を行っている。また、トルコは親日国である。トルコは周辺国との関係を今後どのようにしていこうと考えているのか、また日本は今後、トルコとどのように付き合っていくべきか。

A宮島大使: トルコは自らをヨーロッパの一員と考えており、「中東」地域は、かつてオスマントルコが支配した地域と見ている。イスラムのリーダーは、メッカのあるサウジアラビアだと一般に理解されているかもしれないが、トルコは、サウジアラビアは産油国だが歴史もない田舎の一国に過ぎないとみなしている印象があり、サウジアラビアにはイスラム世界でのリーダーは務まらないと考えている。トルコはこの地域でイスラエルと最も早く国交を結んだ国であるが、ガザ問題では大変強い批判をしており、またミャンマーのロヒンギャ難民問題でもイスラム教徒の問題として積極的に支援し関与している。湾岸諸国やエジプトは、軍事力もあるトルコの影響力増大には警戒感を示している。一方、アメリカは、かつて関与したアフガニスタン、イラク、シリアから手を引くと明言しており、中東地域における秩序形成力は目に見えて落ちている。自らの安全、地域の安定は自分で守っていくしかないとトルコは感じている。

Q 熊谷副理事長: 昨今トルコに見られるイスラム化(アヤソフィアの”モスク化”、より多くの女性がスカーフをかぶるなど)とみられる現象は、どちらかというと国内支持層強化やナショナリズムの表れであり、真の意味でのイスラム化や世俗主義からの乖離ではないという宮島大使のご説明を理解しました。しかし、イスラム化が進んでいなくとも、民主主義の後退という意味での強権化は顕著であると思います。これはエルドアン政権特有の現象ということができるでしょうか、それとももっと長期的構造的な民主化後退の趨勢の中の現象でしょうか。日本政府は今後も価値外交を重視してゆくと思いますので、親日トルコの民主政治の行方が気になりました。

A宮島大使: 実権型大統領制の下、たしかに権力集中は進んでおり、表現の自由への制約が増している印象はあるが、インターネットを通じた政権批判や選挙での投票を通じた反対表明は出ており、大統領がやりたいことを何でもやれる訳ではない(イスタンブール市長から首相になった自らの経験から、エルドアン大統領は「イスタンブールを制するものがトルコを制する」と言ってきたが、昨年春のイスタンブール市長選では野党候補が勝利した)。大統領選挙や議会選挙で、政権党は民族主義的政党と組んでギリギリ過半数を維持してきたが、野党側とせめぎ合う状態であり、その意味でトルコでは民主主義は定着している。