山本大使は歴史的に見ると9・11テロ以降のテロ発生件数は3倍になっているが、2014年をピークにテロの発生件数・死亡者数は減少傾向にあることを指摘した。一方、2017年、東南アジアではテロ発生件数は減少しているが、死者数が増加していると分析した。
2018年9月22日、JICA地球広場にて講師として外務省から山本栄二大使をお招きし「国際テロリズムと我が国の対策」と題し、講演ならびに討論、質疑応答が行われた。山本栄二大使は、まず、最近のテロ等の発生状況(総論)をグラフと表で説明された。通称イスラム国(ISIL)がカリフ国家の樹立を一方的に宣言した2014年をピークにテロの発生件数・死亡者数は減少傾向にあることをご指摘された上で、大使は以下の3点を強調された。(1)ピーク時に比べると減少傾向にはあるが、歴史的に見ると9・11テロ以降のテロ発生件数は3倍になっていること。(2)2017年、東南アジアではテロ発生件数の減少に反して、死者数が増加していること。(3)OECD諸国でのテロ発生件数が9・11テロ以降、最高潮となっていること。この様な状況を大使は、治安情勢が不安定でテロが頻発する中東・北アフリカ(特にワースト3: シリア、イラク、アフガニスタン)のテロが他国・地域に拡大してきていると分析した。
次に“誰が”テロを行っているのかという点について以下の2つの主体が指摘された。(1) 1つ目に指摘されるのが帰還又は移転する“外国人テロ戦闘員”(FTF: Foreign Terrorist Fighters)である。大使は、東南アジアでテロによる死者数が増えている要因として「これまで、イラクやシリアに渡ってISILの戦闘員として戦っていた戦闘員(FTF)が母国に帰還、または第三国に移転した結果、マラウィ市(フィリピン)等の東南アジアに行き着き、例えば現地武装勢力を指導し、戦力が強化された同現地勢力が起こしたテロの被害が大きくなっている」と説明した。また、この様な事態が日本の近くに迫っているにも関わらず、全く報道されていないことに危機感を募らせた。(2) 2つ目に指摘されるのが“不満を抱えた渡航者”(Frustrated Travelers)であった。自国で自爆テロを起こすのはこのタイプの者が多いと指摘された。彼らは、イラクやシリアに渡航し、ISILの戦闘に参加したかったけど行けなかったという“不満”を抱え、その“不満”を晴らし、ISILとして戦うという目的を達成するために自爆テロを行うと分析された。
さらに、テロの根本原因の一つとして暴力的過激主義(Violent Extremism)を挙げた上で、昔から過激主義(Extremism)は存在するが、暴力(Violence)が加わったことが近年頻発するテロを説明するうえで指摘しうるとした。また、テロに関し懸念すべき傾向として、インターネットや簡易爆発装置(IEDs: Improvised Explosive Devices)とその結びつきが挙げられた。例えば、インターネットを巧みに利用したプロパガンダが行われ、誰でも使える様なもの(Ex .車、ナイフ)でテロを行うように呼びかが行われていることなどである。さらに、IEDsもインターネット上の情報にならえば誰でも作ることが出来るうえに殺傷能力が高いことから大きな懸念が持たれている。また、この様なテロはISILが支配地域の99%を失ったと言われながらもインターネットを通じてFTFや“不満を抱えた渡航者”によって継続されている。この様な状況からインターネットに関して、専門家の間でも議論が行われているが、「有害サイトを全て閉鎖すべき」という強硬な意見がある一方で、「表現の自由や民主主義に基づいて、プロバイダーには協力を依頼をして自主的に対応してもらうべきだ」という意見に分かれるという。
そして、「テロをなくすためにはどうすればよいか?」という問いに対して日本が行う「包括的アプローチ(Comprehensive Approach)」の説明がなされた。このアプローチは、(1)テロ対処能力向上支援、(2)経済社会開発支援、(3)暴力的過激主義対策の3つから構成されている。(1)の支援としては、日本は特に国境管理の強化支援を実施しており、インターポールのデータベースの活用の強化、税関当局の能力構築、生体認証システム供与などの技術協力が行われている(例えば、2018年アジア大会が実施されたインドネシアのメインスタジアムに対し、顔認証・行動検知システムを供与。同機材を用いて、ASEAN加盟国の空港警備担当スタッフ(?)に対する研修も実施)。(2)の支援としては、アル・シャバブやISILは戦闘員を雇用し、若者たちは収入を求めて参加していることを鑑みて、社会に安定した雇用と収入を生み出すための支援を行っている。(3)の支援としては、過激化の防止・脱却を目的として、穏健な宗教教育の推進や女性の役割強化を通じて啓蒙を実施し、暴力的過激化の防止を行っている。
国連機関、G7、GCTF(グローバル・テロ対策フォーラム)、ASEANなどの多国間フレームワークによる情報共有・政治的意思の形成に基づき、そして二国間協力、国際機関を通じた支援によってこの様な日本の“包括的アプローチ”が実施されている。
最後に、テロに巻き込まれないために大使から2点の指摘があった。1つ目は、日本人だからテロの標的にはならないという時代ではないという認識を持つこと。ISILの情報誌には、日本は敵であるということが繰り返し報道されていることやダッカ(バングラディシュ)で日本人がテロ遭ったことからも標的になる可能性が十分に考えられる。2つ目は、人質となる可能性も十分にあるため、危ない国・地域には絶対に渡航しないこと。
山本大使の講演に続いて、パネリストからのコメントがなされた。第一には、東京大学のキハラハント愛准教授は、日本の「対テロ」の構図から見えてくる、想定される「テロリスト」の設定が「外国人で国境を越えて入ってくる特に中東・アフリカのイスラム系の若い人」で、より多様なテロリスト、テロリズム、より多様な不満、国産の不満にも対応できるのか、また、地域的な取り組みはどうなっているかと問うた。次に、根本要因をどうしていくのか、海外に対して暴力を伴わない意見主張と「寛容」を支援することをうたっているが、国内での政策とはどのようにつながるのかと質問した。また、テロ対策と人権について、(1)「テロ等準備罪」への対処として、警察庁は防犯カメラ設置とプロバイダーとの協力という点を出しているが、また、国連安保理決議やアクション・プランから情報を共有する義務を負ったが、これとプライバシーの権利との関係、(2)テロリストに対処するためには平和的な表現の自由をより守る必要があること、(3)国際的なアクションとしても渡行制限や資産凍結などの制裁を課す証拠と判断課程の水準は人権法の規定を満たさないが、国内的にも気を付ける必要があること、(4)一方で特定の民族の優越を謳うことや、他の民族・宗教を攻撃する、ヘイトスピーチなどを取り締まる必要があること、を指摘した。
元参議院議員の犬塚直史氏は、マドラッサ学生日本招致などに例示された外務省の包括的アプローチに対する強い賛同が表明された。国際テロリズムと我が国の対策という視点では、2008年1月11日に参議院で可決されたアフガニスタン復興支援特別措置法が、立法府から行われた包括的アプローチの一例として紹介された。その上で、難民/IDPの現状を鑑みるとき、オリンピック、パラリンピックでのテロ対策に代表される対処療法ではなく、国際テロリズムの原因に迫るアプローチが必要という認識を示した。そうした視点から、地震、津波、台風などの、アジア太平洋地域に多発する自然災害に即応する民軍協力の多国籍部隊を国連憲章第8章地域的取極に基づいて設置し、あくまでも相手国/被災地域の同意、要請に基づいて活動する21世紀型ピースキーピングを日本のイニシアティブで創設することを提案した。
その他に、元警察大学校長で、カンボジアでPKO派遣文民警察隊長として務めた山﨑裕人氏と、元環境庁長官であられた広中和歌子元参議院議員が見解を述べた。
山﨑裕人氏は、国際テロは現代史において、イスラム教の台頭を無視することは出来ない米国が率いたアフガニスタンでタリバン掃討作戦やイスラム過激派に対する軍事行動やイデオロギーに基づいた行動の意味を説明した。
自由討論のセッションでは、元駐コスタリカ大使で長崎大学アドヴァイザーの猪又忠徳氏が、テロの正式な定義はないが、国連総会等では「政治的目的のために一般公衆や特定集団に恐怖状態を作り出す犯罪行為」と認識(総会71/151 para.4)。テロは、自己の主張への支持を拡大のため、暴力行為により世の中に不安と恐怖を与えんとする。従って、それへの社会的強靭性を高めるのが肝要。政府のメデイア対策は如何。他方、幸いにして、そのような強靭性は、ヒトの親和性を重んじる日本社会では高いが、国際的能力強化にどう活かされているのか。
日本国際協力機構(JICA)の井上健専門員が、すでに指摘された通りテロの定義は確定しておらず、テロという犯罪はない。いわゆる愉快犯による無差別殺人もテロと呼べるのだろうかと問いた。「国際テロ」ではなく、「国際犯罪」というべきではないのかと問題定義をした。そして、 オリパラの警備に関して、警備のための資源が限定されている状況で、日本の警察はオリパラの開催のために設備を守るのか、それとも国民の命を守るのか。また、日本政府は安全レベルを定めて国民の渡航先を限定しているが、学生の観光客と経験のある専門家をひとくくりにしてしまうのはいかがなものか。当該国内の地域別や渡航者の目的別などのきめ細かなリスク管理が必要ではないのか。
共栄大学の石塚勝美教授は、近年テロリズムの解釈が拡大してきていることを懸念した。1990年代、すなわち2001年のアメリカ同時多発テロ以前の時代には、テロリズムの定義は「政治的目的の達成のために行う非人道で暴力的な行為」であったが、ポスト9.11の現在では通り魔や無差別乱射のような犯罪もテロリズムと言われている。またタリバンがテロリストであれば、9.11以前のルワンダや旧ユーゴでの民族浄化行為は、テロリズムにならないのであろうか。さらにアフリカ・マリでの国連PKOであるMINUSMAは、非対象攻撃に対応するというだけで対テロ型PKOとまで言われている。このように容易にテロリズムという言葉を使用することによって、日本の自衛隊の海外での活躍の場が制限されていくのではないかと懸念される。例えば日本の国連PKOへの参加が益々消極的になるのではないかと石塚氏は懸念した。
東京大学の佐藤安信教授は、歴史的な観点から考察するにあたってフランス革命の意義を指摘し、正義ある社会においての法の支配の重要性を指摘した。
国際大学の熊谷奈緒子准教授は、日本は対テロ対策の国際協力では外交面でより力を入れることができるのではないか。国際人道法上問題となる行為(グアンタナモ収容所問題など)の予防や是正のために、多国間の場で法の支配の推進を目指した協力をしてゆけると思う。国際人道法上問題となる行為が「憎悪の悪循環」でさらなるテロ活動を生んでいることから、そうした取り組みは重要であろう。
国際赤十字社に務めた経験のある、当協会の五味香代子氏は、国際赤十字社ICRCはテロ行為の善悪を問うことをせずに、あらゆる(?)人々が危害にあった場合は、人道的な立場から救援することを述べた。
自由討論のセッションでは、そのほかに、当協会の副理事長で元東ティモール大使花田隆副理事長の花田吉隆氏とJICA専門員の井上健氏が発言された。
討論の最後に長谷川理事長が、討論者と参加者によって、四つの顕著な点が明らかにされたと述べられ、今後の日本が直面する大きな課題となる点を指摘した。第一に、大規模なテロ行為の大半は政治、イデオロギーそして宗教的な理由から行われているが、個人によるテロ行為見なされるような暴力行為は社会的疎外に起因する心理的な理由によるものである。
第二に、いくつかの政府は、テロとの戦いであるとの理由付けで、外国人や自国市民に対して「国家テロ」活動を行使している。第三に、テロの防止と対処のためには、、技術的および制度的能力を強化するだけでなく、極端なアイデアや行動を防止し、社会経済開発を支援するための包括的なアプローチを追求すべきである。第四に、日本は、社会の寛容な姿勢が主な理由として、テロ行為を回避することに成功していると思われている。日本の将来を考えた場合に、長谷川理事長は、17世紀の徳川時代に起きた「島原の乱」を忘れてはいけないと述べた。高い年貢に発した農民一揆をキリスト教徒の反乱と断定して、12万人もの兵士を送りこみ2万人以上のキリスト教徒を虐殺したことは認識すべきである。今後において、日本は高度な経済社会的なレベルを維持するために、日本に移住してくる異なる民族や宗教を信じている外国人に対して、日本が今日の討論で述べられたような寛容性のある姿勢を維持できるかどうかチャレンジになると述べた。