2009年度法政大学法学部
「国際機構論」
■テーマ : 国際機構研究の現状課題
■講 師 : 中央大学法科大学院教授 横田洋三氏
■日 時 : 2009年4月28日(火) 13:30~15:00
■場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 富士見坂校舎 309教室
■作成者 : 中本 優太 法政大学法学部国際政治学科2年
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<Ⅰ.講義概要>
1. 国際機構とは
(1)国際機構について論じるにあたり、まず初めに対象となる国際機構とは何かという定義について確認し、国際機構とそれ以外のものとを明確に分ける必要がある。
(2)国際機構とは、複数の国家が集まって条約に基づいて設立された組織体である。例えば、UNDPは扱っているお金や知名度も高いが、国際連合という独立の機関の一補助機関であって、UNDPそれ自体は独立した国際機構ではない。同様に、UNICEFも独立の国際機構ではない。他方、国際刑事裁判所(ICC)はローマ規定を基礎に設立された独立の国際機構である。
(3)独立した国際機構として最初に設立されたのは、国際連盟とILOである。このとき、新しくできたこの組織体を国家連合としてみなす考え方(半主権国家)が出された。しかし、国家はこの新しく設立された国際機構に対し、国防や外交といった主権的権限を中央政府(連合体)に移譲されていないため、国際連合という考え方は少数であった。その後、機能的統合説という、国家から任された特定の機能を実現するための統合的組織体であるという考えが主流になった。しかし、実状は、国際機構の機能別に統合化されているとは言えず、国家がつくった法人としてみなす法人説という考え方が一般的になっている。
(4)次に、国際機構研究では、国際機構を国際法の主体とみなすのかそうではないのかについて問題となる。何故なら、国際法は伝統的に国家に対し適用されるので、国際機構に適用されないとしたら国際機構はどのような法律に規律されるのかという問題が生まれるからである。
2.国際機構法とは
(1)アメリカのライス国連大使の「議長声明は法的拘束力を持つ」という発言からもわかるように、議長声明一つとっても解釈の相違がある。これらの混乱の原因は、国際機構を規律する法は、どこかの国の国内法か、国際法のどちらかに基づいて規律されると考えられてきたからである。しかし、実際には国内法にも国際法にも入らない国際機構法が存在し、日常的に適用されている。
(2)例えば、世界銀行の理事会の決議や総裁の命令などは法的拘束力を持つ。しかし、これらは国際法でもないし、どこかの国内法というわけでもない。つまり、今まで国際法の範囲にも国内法の範囲にもどちらにも当てはまらない法が存在していたが、それらの現象を学問的に説明することができなかったのである。
(3)そこで、それらを説明することを可能にしたのが国際機構法という概念である。この国際機構法という新しい枠組みは、それぞれの国際機構が設立されるにあたり結ばれた設立条約に基づき、総会等の内部機関が採択した規則が存在し、その規則はどこかの国の国内法にもまた国際法にも基づかない形で、法的拘束力を持つという考え方である。
(4)国連の安保理決議は、国連憲章の第25条に明記されているように、国際法に基づき法的拘束力を持つが、議長声明は国連憲章には法的拘束力をもつとは明記されていないため、国際法に基づく法的拘束力はない。しかし、国際機構法のもとでは法的拘束力を持つ。安保理の下に制裁委員会という組織が存在するのだが、安保理の決議や議長声明によって制裁を強化しなければならないという命令が下れば、必ず強化しなければならない。それらは議長声明が国際法に基づいていないため、国際法によって規律されてはいないが、国際機構法によって規律され、その枠内で法的拘束力を持つ。
3. 国際法学者の課題
(1)これまでの国際法学者の中には、理論が大事で、現場でどういうことが起きているのかを見ようとしない社会科学の基本を忘れている人たちが少なくない。こうした人たちは、現場が如何なる状況にあるかなど全く考慮せず、理論ばかりを優先させ実態を単に理論的に批判してしまっている。
(2)国連の平和維持活動に関しても、国際法学者の中には、国連憲章のどこにも明記されていないような平和維持活動は直ちにやめるべきであると言う人たちも少なくない。しかしその人たちは、まさに今現場で飢えに苦しんでいる60万人を見殺しにすることができるのかという現に直面している問題をもっと考えるべきであり、少なくとも現場を考慮した上で議論をすべきである。
(3)これらは、日本国憲法第9条の議論にも類似している。ソマリア沖への自衛隊派遣は、憲法第9条に違反するか否かの議論においても、現場では既に多くの一般人が海賊によって攻撃され輸送物資を略奪されているのに、そうした事態の緊急性など考えずに、理論上取りうる行動にしか注目せず、自衛隊のソマリア沖での活動の是非について反対の意見を述べている。こうした現実を見ない理論上の批判は、けっして望ましいことではない。しっかり現場を見て現状を理解した上で憲法第9条と自衛隊派遣の議論をすべきである。
(4)つまり、国際法学者は、現場を見て、問題点を洗い出し、理論を考えるべきである。そして現場の状況に法律が対応できなければ現行の法律を変更・改正するか否かの議論をすればよい。国際法学者は、結論を出す前に、何よりもまずは、現場を見るべきである。
(5)最後に、グローバリゼーションによって、様々な問題が世界規模で起こりつつある時代において、国際機構研究が果たす役割とは、何かについてひとこと述べたい。それは、現実に起こってきている問題に対して、国際機構が実際にどう対応しているか、またどこに限界があるのか、そしてその限界をどのように克服するのかを分析し、人々の生活をより良くするために研究を進めていくことである。
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<Ⅱ、質疑応答>
1.日本国憲法第9条とソマリア沖への自衛隊派遣について
Q.ソマリア沖の海賊を取り締まるために、日本は自衛隊をソマリア沖に派遣すべきか否かという議論において話題となっている、日本国憲法第9条の解釈の仕方についてどのようにお考えですか。
A.日本国憲法は日本が世界に誇るべきものであるが、今現実にソマリア沖で人が襲われ略奪されている光景を目の当たりにして「あなたならどうしますか」という問いかけを自分自身にした上で、日本国憲法第9条について、またソマリア沖に自衛隊を派遣すべきか否かという憲法上の議論をするのであればよい。しかし、日本は日本国憲法第9条が存在する以上、現場での活動はできない、ゆえにお金だけを出せばよいという問題ではないということを理解しなければならない。現場で今何が起きていて、日本は国際社会の一員として何ができるのかという視点を持ちながら、憲法第9条を大事にしていくという考え方が非常に大切なことである。
2.国際機構と条約について
Q.国際機構を定義する際に、どうして条約が基準なのか、また国際機構を設立する際に条約はどんな価値を持つのか。
A. 条約は主権を持った国家が作るために、国は何らかの意味でそれに協力し、また義務を負うことになる。国家に対して義務を負わせたり、権利を与えたりできるのは、条約という国際法であるため、条約をもとに国際機構を設立しなければ、ならないのである。たとえば国連に加盟すると紛争を平和的に解決しなければならない義務や、武力によって他国を侵略してはならないという約束を守る義務を各国は負う。これは、国連が懸賞という条約によって作られているからである。
横田 洋三(よこた ようぞう、1940年10月17日)
国際基督教大学専任講師、同準教授、教授、東京大学生法学部兼大学院法学政治学研究科教授、中央大学法学部教授を経て2004年より同法科大学院教授。2001年より国連大学学長特別顧問も務める。また、国際復興開発銀行(世界銀行)法律顧問、アデレード大学客員教授、ミシガン大学客員教授、コロンビア大学客員教授を歴任。国際労働機関(ILO)の条約勧告適用専門家委員会を務めるなど、国際問題に積極的に取り組んでいる。