2011年度法政大学法学部
「国際機構論」
■テーマ : 「国際機構と国際法」
■講 師 : 横田 洋三 氏 日本国際連合学会理事長
■日 時 : 2011年5月17日(火) 13:30~15:00
■場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 407教室
■作成者 : 北村 裕奈 法政大学法学部国際政治学科2年
寺内 明穂 法政大学法学部政治学科2年
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<I. 講義概要>
1.国際機構の設立の基礎としての国際法
(1)国際機構は設立基本条約(国際機構設立条約)という国際法に基づいて設立された。「国際法は法ではない」と解する人もいるが、もしそうだとしたら、国際機構の存在もありえないことになる。国連などの国際機構を現実の存在として認識するならば、「国際法は法である」ことも認めなければならない。また、条約は国際法であるから、国際機構は条約という国際法に基づいて設立された存在ということになる。
(2)国連という国際機構を作った条約である国連憲章には、国連の組織や権限、活動などが書かれている。例えば、国連総会は国連憲章に従って開かれている。ILO・WHO・ユネスコなどの国際機構も、憲章に基づいて作られている。一方名前が違うが同じような基本文書に基づいて作られた国際機構もある。例えば、世界銀行やIMFは、協定に基づいて作られた。いずれも、国家間で結ばれた、多数国間条約である。
(3)設立基本条約が国際機構の組織や活動について規定をしていて、現実にそこからいろんな問題が出てきている。場合によっては、その問題を裁判所に持っていかないと答えが出ないこともある。例えば、国連憲章には平和維持活動(PKO)については何も書かれていない。なぜなら、国連憲章が書かれた時点では、想定外のことだったからである。この問題は国際司法裁判所に持っていかれ、審理の結果、平和維持活動も国連の活動である、という答えになった。
2.国際機構の組織や活動を規律する国際法
(1)国際機構は国や他の国際機構とたくさんの協定(=条約)を結んでいる。つまり、結んだ協定によって、国際機構は縛られることになる。例えば、途上国に開発資金を提供している世界銀行はある国に開発資金を提供する際に、文書による貸付協定という条約を結ぶ。その条約によって、借入国はもちろん、世界銀行も縛られることになる。これが、国際法が国際機構を規律する、ということである。
(2)国連や専門機関は、特権免除条約に参加しているから、それに基づいて特権免除が享有できるのである。
(3)慣習国際法も国際機構を規律する。例えば、国連が平和維持活動を展開する時、軍事行動をする。その時、国連軍は戦争に適用される慣習法(例えば、民間人を殺害してはいけない、文化財に攻撃を加えてはいけないなど)に従わなければならない。
3.国際機構の出現によって生じた国際法の基本原則の変容
(1)国際機構が設立されたことによって、逆に国際法も影響を受けている。とくに重要な影響は、国際機構の出現によって、国際法の基本的な構造が変わってきていることである。
(2)例えば、国際法の法源論が変わってきている。以前は、条約と慣習法のみが国際法の法源であったが、今日では、国際機構の決議も国際法と言えるのではないか、という問題が出てきている。
(3)また、国際機構の出現によって、国家だけが結んでいた条約を国際機構も結ぶようになった。よって、条約法も変わってきている。例えば、国際機構の場合、国家と違って、批准や批准書交換という手続きはない。
(4)外交関係法も変わってきている。第二次世界大戦頃までは、国家間だけで大使や外交官が交換されていた。しかし、今では、日本から国連に派遣される大使がいる。つまり、国際機構との間でも大使や外交官が交換されるようになった、ということである。
4.国際機構の活動の結果生じた国際法定立の変化(組織化)
(1)ILO、国連総会、ユネスコ総会などによる条約(案)の採択
国際法の立法・司法・行政の在り方が、国際機構の誕生により変化してきた。これを組織化という。例えば、ILO条約は今日190余りある。国連では、子どもの権利条約、女性差別撤廃条約などの人権条約が採択された。国連海洋法条約も国連のもとで作られた。
(2)また、国連の国際法委員会(ILC)による国際法の法典化(慣習国際法の文書化)と漸進的発達(新しい国際法規範の形成)も行われている。
5.国際機構の活動の結果生じた国際法履行形式の変化(組織化)
(1)ILOによるILO条約の履行状況監視
例えば、ILO100号条約に関しては日本も批准している。この条約が規定している同一価値労働同一賃金の原則については、日本では厳密には守られていない。例えば男性の2/3しか女性は賃金をもらっていない。日本では労働基準法の中に同一価値労働同一賃金の原則が明文で規定されていないからである。この点については、ILOの条約勧告適用専門家委員会により、改善が勧告されている。
(2)国連人権理事会による人権条約の履行状況監視
世界人権宣言、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約などの国際人権法が守られているかどうかは、人権理事会が監視している。それは4年に1回、全国連加盟国を対象に行われている。
6.国際法のこれから
国際機構にとって国際法は『生みの親』であり、『組織や活動の基礎である』。と同時に、国際機構は『国際法の定立、履行、適用過程の制度的裏付け』でもある。つまり、国際機構と国際法は、相互依存の関係にある。
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<II. 質疑応答>
1. PKOについて
Q. 先日のニュースで、国連の事務総長は『国連の平和維持活動は公正公平の立場で現場に立つが、常に中立であることはあり得ない』ということを安保理決議審議の際に理事国に対して説明した、とあった。そもそも国連憲章等に書いていない活動だが、公正であるべきPKO活動が、紛争の一方当事者に対して直接攻撃を加えるということを事務総長が言及したという件について、国際法上の立場からどうお考えになるのか。
A. PKOについてだが、PKOはもともと小規模の休戦ラインを監視する役割で、どちらの側にもコミットしないことになっている。紛争の再発を防止するために活動をするのだから、紛争当事者のどちらが正しいとか、どちらが間違っているということには、一切関わらないというのがPKOである。ところが、実際に派遣された現場に行くと、例えば地域の住民が虐殺されたり、女性や子供が悲惨な目にあっているという状況を目にする。平和維持軍が派遣されていて、目の前で悲惨なことが起こっていることに対して何もしないことができるかということがずっと問われるようになってきた。今から10数年前に、例えば旧ユーゴやルワンダなどで、そのような状況があった。その際、国連はやはり力を使ってでも正義のために活動すべきではないのかという議論がなされるようになった。そのようなことが議論されていく中で国連事務総長は、今回のような発言をしたのだと思われる。
2.国連総会決議の拘束力について
Q. 法源論という話があったが、総会決議と安保理決議の法的性格について聞きたい。憲章25条によって、安保理決議に関しては法的拘束力を有すると捉えているが、総会決議については憲章には何も記述がない。したがって、政治的拘束力しか有していないと思われる。この政治的拘束力はどこまで加盟国を拘束するものなのか。
A. 国際法の分野の通説は、加盟国は憲章25条の規定により安全保障理事会の決定を遵守しなければならないと明記されているので、法的拘束力はあるとされている。他方、国連総会決議に関しては、勧告するとしか書かれていない。勧告は法的拘束力はないとされている。しかし、国連総会決議もいろいろ細かく調べると、法的拘束力のあるものもたくさんある。たとえば職員規則というものが総会決議により採択されている。これは職員がどう採用されるか、採用の時に差別されていないか、また給与に関してどうするかなど、職員の採用、処遇などが全部決まっている。これらは国連総会の決議で全部決まっているのである。これを勧告だから守らなくてもいい、政治的な規範に過ぎないといって済むものではない。これは明らかに法である。このように、現実には、総会決議にも法的拘束力のあるものがある。他方、総会決議には、確かに勧告の域をでないものも数多くある。それらは、法的拘束力がないとされているが、国連加盟国の3分の2以上の多数の国の賛同を得た勧告には、それなりの重みがあるのであって、無視してよいというものではない。国家はこの政治的勧告の権威を認め、通常よく従っている。