[Diplomacy] Japanese Security Policy and Public Diplomacy (Mr. Shigeki Takizaki) (24th April 2012)



2012年度法政大学法学部
「外交総合講座」

■ テーマ : 「日本の安全保障政策とパブリック・ディプロマシー」
■ 講 師 : 滝崎 成樹 様  外務省大臣官房人事課長
■ 日 時 : 2012年4月24日(火)  13:30~15:00
■ 場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 S407教室
■ 作成者 : 内田 真衣 法政大学法学部国際政治学科2年
        河辺 大毅 法政大学法学部国際政治学科2年

******************************************

<I.講義概要>

 『パブリック・ディプロマシー』とは、ここ最近よく取り上げられる考え方で、これからは国対国の外交に加え、外交の成果を挙げる上で国民一人一人に対して働きかけていくことが必要ではないかというもの。今日は、日本の安全保障政策と、新しいパブリック・ディプロマシーという分野における日本の施策について話したい。

A. 日本の安全保障政策
(1) 安全保障とは
 安全保障とは、国の平和、独立、領土、国民の生命や財産を外部の脅威から守ることである。以前なら他国の軍事的脅威から国民を守ることであったが、今日では脅威の主体は国だけでなく、非政府集団やテロリストなど多様化している。しかし、どのような形であろうとあらゆる脅威から国民を守ることという意味は変化しない。

(2) 政策が目指すこと
 安全保障政策が目指す点は、大きく分けて二つあり、一つは脅威を排除・防止し、被害を最小限に抑えることであるが、これは起こってしまった時点ではもう手遅れである。もう一つはそれを防ぐために自国を取り巻く国際的な安全保障環境を改善するということである。

B. 日本を取り巻く安全保障上の環境
 アメリカとソ連が対峙していた冷戦当時と比べると、冷戦後の安全保障上の環境は大きく変化した。しかしながら、かつて東西陣営で分かれていたヨーロッパの安全保障環境が飛躍的に改善されたのとは逆に、日本を取り巻く地域では逆に不安定さが増している。
その理由としては、中国が、政治・経済的面で我が国と緊密な関係にあるにもかかわらず、軍事的な活動において不透明であることが挙げられる。軍事費の増大や軍の近代化、南シナ海・我が国の近海における活動などから見ることができる。
 なお、冷戦後は、特定の国のみが保持していた大量破壊兵器や、それ自体を運搬する技術が拡散したことにより、テロリストや他の集団などの脅威が増え続けていることも、安全保障環境を不安定なものとすることに影響している。

C. 日本の安全保障政策:防衛計画大綱参照
(1) 自国を守るための選択肢
 日本が自国を守るためのあるべき選択肢は大きく分けて五つある。
 (a) 非武装中立・単独で行動
  スイスに似た体制ではあるが、武装して自国を守るスイスとは違い、非武装でかつ中立という国はこの世界には存在しない。
 (b) 国連による安全保障
  国連の力に頼って安全保障を維持するという考え。現実のものとはなっていない。
 (c) 自主防衛
  軍事力を増大することで自ら自国を守る。
 (d) 日米同盟
  軍事力世界第1位のアメリカと手を結んで日本を守る。
 (e) 米国以外の国との同盟
  上記の選択肢は国民一人一人が選挙によって選択するものである。

(2) 日本の安全保障政策
 実際の日本の安全保障政策は大きく三層の構造になっている。
 (a) 自助努力
  多機能で弾力的であり、実効性のある防衛力の整備が大切であり、一つの役割だけでなく、種々の場面で機能できるようになることが必要である。
 (b) 同盟関係の維持
  米国の抑止力を利用する。また、アメリカがアジア太平洋地域に関わる時の基盤としても、日米同盟を機能させる。
 (c) 国際環境への働き掛け
  アメリカが同盟関係にある他の国とも強固な関係を築くことで日本にとって有利な安全保障環境を構築する。他の努力の例としては、多国間安全保障(ASEAN地域フォーラム)への関与、軍備管理・不拡散・軍縮などがある。

D. 日本のパブリック・ディプロマシー
 パブリック・ディプロマシーとは、自国の利益の為に、相手国政府ではなく海外の個人個人に働きかける外交のことである。例えば外国の大使が学生に講演することなど、相手国の国民に直接働きかけることで自国の地位やイメージの向上、国・文化・政策への理解向上(例:尖閣諸島問題を第三国で説明する活動)などを目的とした活動のことを指す。

(1) 手段
 情報の流布、公式声明や記者会見、HP、メルマガなどのツールを使う。

(2) 文化・人的交流
 学者同士の交流、地域交流の促進、日本語教育、ポップカルチャーの紹介、和食など日本文化独特のものの紹介。

(3) 国際放送
 海外の例でいえば、ボイス・オブ・アメリカ、BBC等のラジオ、テレビなどのメディアを通じた活動のことである。日本はNHK国際放送がそれに当たる。

E. まとめ
 日本のパブリック・ディプロマシーは、予算が不足しており、組織的に行うことはもとより手作りで行っていかなければならないという課題がある。日本のみならず、このパブリック・ディプロマシーは、その国が実際どのような政策を行っているのか、またその国の持つ魅力が最終的には肝心である。実態を越えたパブリック・ディプロマシーはない。

********************

<II.質疑応答>

1. 人間の安全保障
Q.
 人間の安全保障とパブリック・ディプロマシーについて。人間の安全保障は我が国の外交方針の一つとなり、我が国の国益を向上させる一つのツールとなっています。
 人間の安全保障という概念はパブリック・ディプロマシーのなかでどの様な役割を持っているのか。あるいはどの様な成果を持っているのか。国連の場では、色々な尽力をなさっていますが、民間レベルではどの様なことをやっているのかについてお聞きしたいです。

A.
 人間の安全保障とパブリック・ディプロマシーについてですが、いろんな考え方があると思うのですけれど、人間の安全保障という考え方自体を様々なレベルで相手国の高民に伝えていくということもパブリック・ディプロマシーの一つだと思います。「なるほど、日本の外交政策の裏にはそういう考え方があるのか」ということを、例えばアメリカの人たちに理解してもらうこともあるでしょう。
 ただ、普通の人たちに理解してもらうのが容易な概念では必ずしもないと思うので、外交あるいは援助に関心がある人達にまずは知ってもらおうという側面はあると思います。
 もう一つは、そういう考えを生み出している日本の社会に興味を持ってもらう、もしくはその様な考え方を生み出す日本社会のイメージアップに使うということもあると思います。
 イメージアップ素材として使う側面と、まさにその考え方を理解してもらう側面の両方があると思います。

2. 安全保障政策
Q.
 日米の安全保障政策について、選択肢は本当にあるのか。日本が独立して、アメリカと日米安保を結び、その後も沖縄には米軍があります。今回が外交的にうまかったのかどうかは知りませんが、鳩山元首相が中国などと仲良くしようと言ったことから始まったと思います。つまり、結局日米安保は日米の関係が基礎になっている時点で、もう既成事実化していて、選択肢なんてそもそもないのではないでしょうか。

A.
 日米安保以外の考え方が選択肢なのか、という風に思うのならばそれは一つの考え方だと思います。選択肢を五つ示しましたが、これは理論的な選択肢なので、理論的にはいずれもありうることかと思いますけど、これまでの外務省の先輩、歴代政権や日本国民が選んできた結果、一番良いものとして、おそらく日米安保というものが選ばれてきたのだと思います。そういった意味では色々な人から見ても正しい選択だったということなのかもしれません。

(長谷川教授)
 日米の同盟を強化するというのは、非常に時間的なものであり、これはどちらかと言えば、今までのウェストファリア体制の枠においてのバランスオブパワーというものになるかもしれません。
 中国が台頭してきたということに対しての日本の出した国立主義。それに対して三番目はあまり力がないのですけれど、国連を中心とした集団安全保障というような概念であります。ウェストフェリア体制とポストウェストフェリア体制の違いという観念も頭に入れておいてほしいです。

3. パブリック・ディプロマシー
Q.
 パブリック・ディプロマシーの成果をどのように特化するのか。アメリカのパブリック・ディプロマシーについての統計データで、イラク戦争また中東におけるイメージダウンが顕著であり、また、イラク戦争について欧州でも賛成や支持の声が少ないというデータがありました。ここから導き出したものとして、やはりパブリック・ディプロマシーの統計頻度や起用度というのがどの程度あるか。注目度の高い政策やインパクトのある政策というのは、記憶に残りますし、イメージ形成になんらかの作用を及ぼすということは、容易に想定できます。
メディアの存在についても重視する必要があり、ソマリアの例の様に、メディアが一国の政策を変えるということも、これまでの事例から考えられます。ここから、パブリック・ディプロマシーによる成果や起用度というものをどのように評価してそれをどの様に主張することができるのでしょうか。

A.
 我々が生きている民主主義の社会、表現の自由や言論の自由が保障されている民主主義の世界、且つ色々なメディアが発達している世界においては、政府に対する働きかけというものだけでは様々な政策は実現できないということだと思います。例えば、日本がアメリカとの関係で政策をとろうとした時に、アメリカの政府とだけ話しても限界があり、世論がどの様に反応するのか、ということもアメリカの政府が敏感に受け止めて政策に反映してくるので、世論への働きかけも重要になるわけです。
 パブリック・ディプロマシーの重要性というものは、民主主義社会あるいは情報社会で増々大きくなっているのだと思います。
一方で指摘があったように、パブリック・ディプロマシーというのは、素材をうまく使いながらイメージを作っていく、良い印象を作っていくという作用ですが、逆もまた真で、良い政策を打てばそれがまたパブリック・ディプロマシーにおいても良い効果を持つ、ということだと思います。大地震が起きた時にアメリカから莫大な支援がありました。アメリカ軍が人や艦船を派遣してくれたこともありますし、アメリカのNGOや個人が色々な形で立ち上がって日本の為に支援してくれたこともあります。アメリカの支援が出て来た背景にはメディアの力があるわけです。だからこそメディアの力は大きく、積極的に働きかけていかなければいけないという面もあるのだと思います。新聞やテレビを見なくなっている今、一人一人をどのように捕まえていくかということが大事な要素なのだと思います。

4. 中国へのパブリック・ディプロマシー
Q.
 アメリカ全体にアプローチしていくということを中国ではやらせてくれますか。

A.
 全体ではなく、個にアプローチしていくのがパブリック・ディプロマシー。アメリカではその様な活動が自由にできます。アメリカも日本で自由にやっているからお互い様であるということです。アメリカに比べると中国ではそれができる余地が少ないと思われますが、中国でも同じように限られた範囲、報道機関を通じてやる、あるいは、日本のポップカルチャーをうまく使いながら日本のイメージを伝えていく、あるいは、そういうものに混ぜながら日本の政策を伝えていくことをやっています。
 どのような体制であっても、中国のような体制であっても、このアプローチは、情報化社会を通じて、何らかの形で、レベルには差があるかもしれないけれど、パブリック・ディプロマシーの効果というものがあると思われます。中国では反日ムードが盛り上がることもあるが、誰かが扇動してああいうことが起こるので、逆の回転をかけることも必ずしもできないことではないという風に思われます。

5. 自衛隊の存在
Q.
 日本はPKOで自衛隊を派遣していますが、憲法と自衛隊の矛盾というものがあると思います。そもそも自衛隊という名称であるため、世界に出ていくのは変な感じがするのですが、日本という国はこの矛盾に目をつぶってPKOを実施していくのか、あるいは自衛隊の名前や憲法を変えるとか、PKOに参加する専門的な機関をつくるなどしてPKOに参加していくという案は外務省や政府にあるのでしょうか。

A.
 自衛隊の存在というのは、合憲であると最高裁判所が判決を下しているので、その点については疑問の余地はないのだと思います。   
海外派遣についても、法的根拠がない中で派遣しているのではなく、国際平和協力法という法律をつくってそれに基づいて派遣しているので、その点についても問題ないと思います。
 自衛隊は国を守るための存在であって、海外派遣するものではないということに関しては、そういった活動をどこまで許容するかといった国民の決意の問題だと思います。多目的で柔軟性があり、色々なことに使える自衛隊にしていきましょうというのが今の政府の方針と説明しましたが、限られた予算の中で自衛隊以外のPKOの組織を作ることを選択するかという問題だと思います。
 国を守らなくちゃいけない時には海外に行く暇はないが、そうでない時には行って国際的に良好な安全保障環境の維持に貢献することもいいのではないかということだろうと思います。

6. 日本のパブリック・ディプロマシー
Q.
 日本もパブリック・ディプロマシーとしてメディアを使って国際社会全体により一層日本の立場を説明した方が良いと思います。
例えば、尖閣諸島に関してですが、国際社会に日本の領土であることをより明確に説明する必要があると思うのですが、どの様に思われますか。

A.
 我が国とロシアあるいはと韓国との間には領土問題があります。ロシアとの間には北方領土問題、韓国との間では竹島問題があります。でも中国との間には領土問題がないというのが政府の立場です。そういうのも、尖閣諸島に関しては、日本が実効的に支配しているし、歴史的経緯からみてもなんら疑問の余地がないということで、領土問題はないということが日本政府の立場です。
 一方で、そのような日本の立場を主張したらいいじゃないかということですが、外務大臣や官房長官が記者会見で尖閣諸島についてはきちんとした説明をしていくということ自体も実はパブリック・ディプロマシーの一部なのです。アメリカの新聞や雑誌に間違った報道があれば、反論のメールや手紙を書いたりしています。ある意味地道な活動をしているということは言えるかと思います。

7. 二元外交、二重外交
Q.
 以前、鳩山元総理のイランでの行動を二元外交、石原都知事のワシントンでの発言を二重外交の例という説明を受けたのですが、それがどういった意味を持つのでしょうか。
 また、石原都知事の行動がパブリック・ディプロマシーだとして、もしこれが政府とは違う見識を公の場で述べてしまったら、障害が生じると思うのですがこれについてはどの様にお考えですか。

A.
 日本は民主主義の社会で表現の自由、言論の自由が保障されているので、政府の外にいる人が自分の考えについて述べるということについては、一切規制することはできません。
 しかし、元総理の影響は大きいので、注目されるような公の場で誤解を招くようなことがあってはならないということだと思います。  
地方自治体の首長であると、元総理と比べると発言の自由というのは大きいのだと思います。注目されているからと言っても、石原都知事の発言を二重外交だというのは少々違うと思います。
 パブリック・ディプロマシーとうのは、政府と政府関係機関が行う対外的な活動だと考えてもらえばいいので、いろんな人の活動すべてをパブリック・ディプロマシーだと勘違いしないで欲しい。あくまでも政府の活動として行うものです。




******************************************************
滝崎 成樹  (たきざき しげき)

 1985年に外務省に入省。米国に留学の後、本省、パキスタン、英国勤務を経て、2005年にアジア太平洋州局南東アジア第二課長に就任。
 更に、2008年に外務省総合外交政策局安全保障政策課長、2010年には在米日本大使館公使(広報文化担当)、そして現在は外務省大臣官房にて人事課長をなさっている。