■テーマ : 「国際刑事裁判の概略~ICC・ECCCを例に挙げて~」
■講 師 : 野口 元郎 氏
■日 時 : 2011年4月26日(火) 10:30~12:00
■場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 505教室
■作成者 : 伊藤菜々美 法政大学法学部国際政治学科3年
鈴木渉平 法政大学法学部国政政治学科3年
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<Ⅰ.講義概要>
1.国際刑事裁判の歴史
刑事裁判というものは、近代国家の枠組みが出来て此の方、国家の専権と考えられている。よって、国際刑事裁判は、その例外として考えられる。
第一次世界大戦後、ドイツのヴィルヘルム2世の戦争犯罪責任を問うために、ベルサイユ条約上の規定を根拠に、個人として訴追しようとする動きが一部のヨーロッパ諸国で起こった。これが、戦争犯罪に関して個人の刑事責任を問う試みのはじまりだと言われている。結局のところ、この時は、ヴィルヘルム2世がオランダに亡命し、オランダ側が引き渡しを拒否したため、訴追は実現しなかった。
第二次世界大戦後、ドイツおよび日本の戦争主導者の個人の刑事責任を裁くため、ニュルンベルク裁判及び東京裁判が実施されたのが、国際刑事裁判が現実となった時である。これらは、ドイツ・日本の戦争主導者を、勝利国である連合国側が裁くという形で行われた。この裁判は、現在の国際基準から見ると、勝者が敗者を裁くという構成においても、裁判の手続きにおいても、いろいろと問題のあるものであった。とはいえ、個人の刑事責任を戦争犯罪に関して追及する初の試みであり、国際刑事裁判のはしり、前身ともいえる出来事である。
ニュルンベルク裁判の根本的な枠組みや規則を規定したものが、裁判終了後国連総会で認証された。その後、国連の国際法委員会(ILC)によって、恒常的な国際刑事裁判を作るための土台とされたが、冷戦がはじまり、国連の枠組みは、特に安保理において機能しづらくなっていった。国際刑事裁判を作る努力は、1950年代中ごろまではILCによっておこなわれたが、その後数十年、具体的成果は見られなかった。
1990年代前半、旧ユーゴスラビアの民族虐殺を受け、1993年に国連の安保理が旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)を設立した。これが、ニュルンベルク・東京裁判以降、半世紀近くぶりに設立された国際刑事法廷であった。翌1994年には、ルワンダのジェノサイドを受け、ルワンダ国際戦犯法廷(ICTR)が設立された。これら2つは、2000年代当初より、毎年、終了計画を安保理に提出しているが、いまだに活動している。間もなく裁判所の活動は終結に向かい、残りの業務は、残余メカニズムに引き継がれる予定である。これらは、特定の時期に特定の地理的範囲で起きた、過去の犯罪を扱う、特別な裁判所である。
並行して、1980年代の末頃から、ILCが常設の国際刑事裁判所を作るための準備作業を再開させた。1998年、ローマ会議によって、史上初の常設の国際刑事裁判所(ICC)が設立された。この設立条約を、ローマ規程という。日本も、ローマ会議に140カ国の1つとして参加したが、署名・批准はしておらず、2007年にようやく加盟した。この裁判所は、事件の管轄を特定の時間的・地理的分野に限定せず、過去の犯罪だけでなく、ローマ規程が発行した2002年の7月1日以前の犯罪は除き、これから起きる犯罪に関しても管轄をもつ。非加盟国で起きた犯罪に対しては原則として管轄を持たないが、特定の国で起きた特定の過去の犯罪のみを扱っていたものと比べると、全く違った質のものである。
2.ICCと国家の刑事裁判権との関係
ICCが持つ管轄は、ジェノサイド・戦争犯罪・人道に対する犯罪・侵略犯罪の4つのみである。さらに、基本原則としては、それぞれの犯罪が起きた国、被疑者の国籍国が原則として、捜査・訴追・処罰するという事に変わりはない。ICCは、本来それらの刑事裁判権を行使すべき国が何らかの理由で出来ない時、受け皿として出てくる。これを、補完性の原則という。何らかの理由とは、例えば、旧ユーゴスラビアのように国家自体が消滅した場合や、ルワンダのように、内戦の後遺症で、国家はあるが司法機関が十分に機能していないような場合である。
現時点でICCは、5~6の事件を取り扱っており、一審も2~3始まっている。しかし、まだ1件も判決は出ていない。これらはすべて、ウガンダ、コンゴ、リビア、ケニア、中央アフリカなど、アフリカ大陸の事件である。
3.ICCが抱える問題
ICCは、国際社会が放置できない、最も重大な問題を扱っている。しかし、1000人足らずの職員ですべてを賄っている。また、独自の警察力を持たないため、逮捕状は出せるが執行は出来ないので、加盟国頼みである。加盟国の協力は、必ずしも期待されているレベルには至っていない。2005年に国連安保理がICCに初めて付託したスーダンのダルフール案件に関しては、アルバシール大統領に対する逮捕状を出しているが、未だに執行されていない。大統領は、ICCの加盟国であるケニアの会議に出席しても逮捕されずに帰ったなどという事が起こっている。このように、国際機関・主権国家の協力に依存しているため動き切れていない事が、ICCをはじめ、他の国際刑事裁判も抱える問題である。
4.カンボジア特別法廷
①「ハイブリッド法廷」国際裁判所と国内裁判所の両方の要素を兼ね備えたもの。法的にはカンボジアの司法機構の一部とされている。しかし検察官や裁判官、その他のスタッフはカンボジアとUN双方である。予算も7割UNが出している。ICCと同様の犯罪を管轄しており、手続きにおいてもカンボジアの刑事訴訟法だけでなくInternational standards of due processが直接適応されている。
②ハイブリッド法廷の例としては、東ティモール、コソボ、シエラレオネ、ボスニアなどがある。これらが管轄するのは過去の特定の時期に起きた犯罪。限定されたマンデートで行っている。そういった意味でハイブリッド法廷はad hoc tribunalsと似ている。違うところは、ad hoc tribunalsは純粋な国際刑事裁判であり、その設立は国連憲章第7章のInternational peace and securityの条文によって国連安保理によって行われた。従って国連の全加盟国を法的に拘束し、その意味で最も強い権限を持つ。ICCは常設の裁判所であるが条約体であって基本的には条約体の中でしか影響をおよぼさない。ICTY・ICTRは国内裁判所に優先する管轄権を持っている。しかしICCの場合は、関係国が裁判権を行使する場合には原則として手を出せない。
5.カンボジア特別法廷の特徴
①カンボジア特別法廷が扱っている事件は古く。30年以上が経過している。現在全部で5人の被告人を拘留し裁判を行っている。その1人目について一審が終わり35年という判決が出た。今二審をやっている最中である。残りの4人の被告人はすべて70歳代後半から80歳代の高齢者である。2006年に法廷が始まり規則をつくるのに1年かかり、2007年に5人の身柄を確保した。拘留の期限である3年間、戦争犯罪などに関する捜査が行われ、昨年9月に起訴された。今年の秋頃には一審が開始されるとされている。日本政府はこれまでに、この法廷に対してかかった費用約100億円のうち約半分の50億円を拠出している。特別法廷は基本的に関心国からの任意拠出金(寄付金)によって成り立つ。
②カンボジア特別法廷の特徴の1つは被害者またはその遺族が刑事裁判に参加していること。裁判に参加して損害賠償を請求している。個人の金銭損害賠償だと収集がつかないので、集団訴訟のような形で倫理的かつ集団的な損害賠償だけを認めている。1件目の一審裁判では約100人の被害者が参加し手続きを行い、2件目では約2000人の被害者が登録されている。被害者が参加することで民族和解Reconciliation の問題にも繋がり、若い世代に対する歴史教育にも貢献しうるという役割を持つ。しかし人数が多い為、上手い仕組みを作る必要がある。集団訴訟の方式を徹底的に採用して臨んでいる。
<質疑応答>
Q日本がICC批准に遅れたのはなぜか
A国内法との整合性の検討や国内手当法の起草など、加盟準備のための作業に時間を要したという事が大きな理由である。ICCに対する支持はずっとあったが、条条約の批准という大変手間のかかる作業をやるだけの政治的機運が熟するまで時間を要したということもある。
Qカンボジアで国民はどう思っているのか
A真実の発見を望んでいる。法廷についてはポジティブな意見を述べている人が多いと思う。若い人たちはタブー視され隠されてきたこの時代のことを知らない人が多い。しかしS21という強制収容所の生存者が初めて公の場で証言した。法廷の活動がきっかけとなって、文部省が教科書に入れることになった。今、まずは学校の先生向けのテキストが作られ、どのように教えるかをセミナーなどでやっている。
刑事裁判は歴史を書く場所ではないが、一審判決は300ページある。そういう基礎となる事実認定があって初めて国民和解のきっかけになる対話がはじまるのである。若い人たちが知らないことは問題。無知のなかから新しい犯罪がうまれる可能性がある。ナチスの例がある。まずは事実をきっちりとわきまえる必要がある。その意味で今まであまりにも公的な真実の提供がなかった
Qカンボジア特別法廷の市民の集団訴訟について。100件から2000件にもなったのはなぜか。集団訴訟のプロセスをどのように市民に伝えているのか。
AOutreach(広報)活動を、Websiteは元より、職員が年に何十回も全国に行って集会を開いてやっている。それからNGOが多数支援してくれている。
Q法廷の使用言語は
クメール語、英語、フランス語