本日はIOM駐日事務所より中山暁雄氏をお招きして講義を行いました。IOMの概要や活動についてご説明なされた後に現在、日本政府とIOMが取り組んでいる難民の第三国定住についてお話していただきました。また人身取り引きの現状や問題についてはガーナやソマリアを例に挙げ、その地域でのIOMの支援活動についても述べられました。遠い国での問題ということではなく、日本でも重要な問題の一つであるという認識を改めて感じました。〈與古田 葵〉
「国際機構論」
■テーマ : IOMの活動と国際移民問題
■講 師 : 中山 暁雄 氏 IOM駐日事務所代表
■日 時 : 2009年12月22日(火) 13:30~15:00
■場 所 : 法政大学市谷キャンパス 富士見校舎
■作成者 : 溝口 習 法政大学法学部国際政治学科3年
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<Ⅰ.講義概要>
1.IOMの概要
(1)IOMは国連のシステムに属していない国際機関であるが、国連とは密接な協力関係にある。その予算は年間約10億ドルにのぼり、UNHCRなどの主要な国連機関と同等の予算規模となっている。移住・移民関係の支援を活動内容とし、主に移民への直接的な支援を行ってきたが、その活動は途上国や平和構築の現場のみにおいて行われるのではなく、先進国も対象となる珍しい国際機関である。日本は1993年に加盟を果たした。
2.移民とは何か
(1)移民の定義は様々な機関や団体によって異なるが、国連統計委員会によると、通常の居住地以外の国に移動して、少なくとも12ヶ月間その国に居住する人のことを移民という。近年では永住的移民のみでなく、短期間に移動を繰り返す移民(circular migration)も増え、移民という概念が多様化してきている。
(2)近年の移民の増加と聞くと、グローバル化に伴う国境を越えた人の移動の活発化というように、グローバル化の影響が考えられるが、原因はそれだけではない。グローバル化の進展以前に、19世紀半ばから20世紀前半まで、5000万人のヨーロッパ人がアメリカやカナダに移住するという、当時の交通手段の発展具合からみると極めて大規模な移住がみられた。日本も移民を出しており、ブラジルには約130万人、アメリカには約100万人の日系人がいるといわれている。
国連人口部の統計によると、現在、2億人以上の国境を越えた移民が存在するが、世界の総人口に占める移民の割合が劇的に増えているわけではない。比較的急激に増えた期間は1985年から2000年にかけてであるが、その主な要因はソ連の崩壊である。移民の増加の原因は、政治的な要因が非常に大きいといえる。
(3)現在、世界中に存在する移民の分布をみてみると、アメリカが最も多いのは言うまでもないが、ヨーロッパには約6400万人もの移民が存在し、ヨーロッパの全人口の約1割が移民である。フランス・ドイツなどの主要国ではその割合は15%いじょうにもなる。
アジアでは5300万人だが、中国・インドなど、人口が多い国の存在を考えると、それほど多くはないといえる。
(4)移住には大きく分けて、自発的な移住(voluntary migration)と非自発的な移住(forced migration)の二つがあり、非自発的な移住は紛争、迫害、人権侵害、自然災害などの強制的な要因によって移住を迫られる状況のことをいう。我々が行う人道支援は、この非自発的な移住に対応しており、対象は難民、国内避難民、被災者、人身取引被害者などが代表的な形態である。特に国内避難民は大きな割合を占めている。
自発的な移住には、出稼ぎ労働などが挙げられるが、自発的な理由によって移住した移民のなかから、人身取引などの被害者が多数でており、その違いを断定することは難しい。
3.なぜ移動するのか
(1)人が移動するのには、押し出す要因(push factor)と引きつける要因(pull factor)がある。Push factor は移住の原因となるマイナス要素のことであり、戦争、迫害、自然災害、貧困、高い失業率などが挙げられる。
一方pull factor は受け入れ国でのプラス要素のことであり、比較的高い賃金、高い労働求人率、平和的な環境、文化的魅力などが挙げられる。
ヨーロッパへの移民には、旧植民地から旧宗主国へといった構図がみられた。これには、使用できる言語上の問題があり、pull factor として歴史・言語・文化的な役割も非常に大きいといえる。
(2)かつて移住と言えば貧困や失業などのマイナス要因をイメージさせ、ネガティブなものとしてとらえられていた。しかし、近年では開発の効果をもたらしているのではという良い評価を受けている。
世界全体で年間約4400億ドルもの海外送金が出稼ぎ労働者によって行われている。失業率が高い国から人が移動することによって失業率は低下し、先進国の知識・技術を本国にもたらすことができる。また、労働力不足に悩む受け入れ国はその悩みを解消することができる。
もちろん、人材の流出やホスト社会との摩擦、差別、搾取といったマイナス効果もあるが、トータルでみるとプラスの効果のほうが大きい。また、プラスの効果は国際協力によって増大させることもできる。
4.移民保護への取り組み
(1)移民は相対的に弱い立場にあり、多くの場合本国と移住先双方から十分な保護を受けられない。これに対して国際移住法を整備しようとする動きがある。
国際移住法は、既存の国際法、地域的条約、国内法のなかでも特に移民の保護に関する項目を整理し、体系化したものである。
(2)国際法として広く知られている国際人権法をみると、特に移民の保護に関するものとしては、移住労働者権利条約にある。しかし、この条約は42カ国しか批准しておらず、そのすべてが途上国である。先進国であり、多数の移民を受け入れてきたアメリカやカナダを含め、日本もこの条約には批准していない。
移民の権利保護、特に不正規滞在をしている者の権利をどこまで保障するかが争点となっている。
これに対して、移民に関する最も古い法体系として確立されているのが国際難民法である。近年、人身取引被害者の保護制度も急速に発達しいてきている。
5.移民保護の具体的事例
(1)スリランカでは最近まで内戦が続き、多くの国内避難民が発生した。また、南インドに難民が流出し、旧宗主国であるイギリスに留学をしたり国外に庇護申請をするものも現れた。加えて、スリランカ政府が行っていた政策により多くの移住労働者が国外へ流出していた。このように、多種多様な移住形態が同時進行で発生している。
(2)ガーナでは漁業で強制労働に従事させられていたこどもを、IOMが救出・保護し、親元に帰して、社会復帰を支援してきた。
(3)ソマリアでは紛争、旱魃、食糧危機によって国外へ逃れようとする人が増えたが、そのうち大勢が途中で死亡または行方不明となった。ソマリアの海賊対策として航海していた艦船が密航者を乗せた船を発見し、救出・保護するというケースが見られた。
6.日本とIOMの活動
(1)タイ南部のミャンマーとの国境に位置する難民キャンプにはミャンマーから約10万人の難民が流入してきている。タイ政府は難民に対し、一時的な保護を許可しているが、恒常的な定住は認めていない。しかし、難民の帰国の目途がついていないのが現状である。これに対し、アメリカ・カナダ・オーストラリア・ヨーロッパ諸国が、毎年受け入れ枠を設けて、難民を受け入れている(第三国定住)。日本は2010年から難民の第三国定住パイロット事業を行うこととなっており、第三国定住を受け入れることとなっている。
(2)人身取引に関しては、1990年代から大きな国際問題となっていたが、対策のベースとなる法律が不整備であったため、対策は行われてこなかった。
日本政府は2002年12月、国際組織犯罪防止条約の付属議定書である人身取引議定書に署名した。これによって包括的な人身取引対策を行う義務を負うようになり、日本政府として人身取引対策を行う法的ベースができた。
2004年4月、人身取引対策に関する関係省庁連絡会議が設立され、12月には人身取引対策行動計画が策定され、以降、IOMが日本で保護された被害者の本国への自発的な帰国とその後の社会復帰支援活動を行っている。これは、日本政府からの拠出金によって、日本で保護された人身取引被害者に対してIOMが直接的に支援を行うという大変画期的なものであった。背景には日本政府とIOMの幅広い協力がある。
(3)第三国定住は、IOM予算の約3割を占める事業で、IOMの中心的活動である。その理由にはIOM設立の背景がある。
IOMは1951年にヨーロッパで設立された機関で第二次世界大戦後に発生した避難民問題を解決することを目的として設立された。第二次世界大戦後、ヨーロッパで大量に発生した避難民は、戦争被害によりヨーロッパが壊滅的な状況にあったため、ヨーロッパ内で定住することが難しかった。戦争の被害をあまり受けていない、アメリカ・カナダ・ラテンアメリカ・オーストラリア・カナダ・ニュージーランドへ移住という解決策を実施するためにIOMの前身であるICEMが設立された。このことが、IOMの主要事業である第三国定住の原型となったのである。
(4)第三国定住難民は限りなく移民に近い概念である。現在、第三国定住を受け入れている国は日本を含め12カ国である。2009年の第三国定住難民の受入数は、世界全体で12万人、アメリカに8万2000人、カナダに1万2000人、オーストラリアに9000人、北欧諸国(フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・デンマーク)に8000人となっている。
(5)難民の第三国定住の流れとしては、IOMは受け入れ確定後の支援を担っている。UNHCRが難民のリストを受け入れ国に提出し、難民の選定過程に入る。受け入れが確定した段階で受入国からIOMに対して移住手配の依頼がくる。
健康診断、語学研修、出発前のオリエンテーション、渡航文書・ビザの手配、渡航など
をIOMが支援し、入国後の定住支援は主に受け入れ国のNGOなどが行う。
(6)1980年代以降、日本人男性とフィリピン人女性との間に生まれるこどもが急増した。
しかし、父親が養育の義務を放棄し、母親と子供がフィリピンに取り残されるというケースが多くみられた。近年、このこどもたちが悪質なブローカーの標的になっている。
これに対して、日本・フィリピン両国内支援ネットワークを構築し、こどもたちが合法的に日本に帰国して自立するための援助を行っている。
(7)文部科学省からの拠出金で日本に定住しているが、学校に通えていない外国出身の子どもたちを公立学校に通えるように支援している
日本は先進国であり、世界有数のODA拠出国である一方、移民が定住した後の受け皿が非常に弱いと言われるように、日本国内ではこのような課題が山積している。
<Ⅱ.質疑応答>
Q.スフィア基準について
A.赤十字やNGOを中心に行われたイニシアティブのことで、人道援助を行う際の最低基準を定めたものがスフィア基準である。現在では、IOMをはじめ、国連機関、人道援助に携わるNGOのほとんどの団体がスフィア基準を守っている。
スフィア基準の大きな特徴は内容が具体的であることで、人道援助を行う際には欠かせない基準となっている。
Q.人身取引の被害者が帰国できない状況にある場合、日本にとどまることは可能か
A.人身取引の被害者はほとんどが保護された段階では不正規滞在である。その際、被害者の滞在を一時的に合法化する在留特別許可を発行する。在留特別許可は法務大臣の裁量で出すことができ、1ヵ月から3か月、長ければ半年間の滞在が認められ、延長も可能である。しかし、被害者に帰国の意思がなく、帰国することに重大な危険が伴う場合は、在留特別許可を別の在留資格に切り替えることで日本に滞在する可能性がある。日本の在留資格は、アメリカのTビザのように包括的で制度化されたものではなく、現時点では個別的なもので、個別のケースで安全面に問題があり帰国させることが不可能な場合、入国管理局の判断により在留特別許可を別の在留資格切り替えることは可能である。また、日本ではまだ行われていないことだが、難民申請をすることで滞在することも可能である。現在、人身取引対策行動計画の見直しが行われており、見直された行動計画のなかに在留特別許可から別の在留資格への切り替えに関する項目が盛り込まれている。
Q.国によって第三国定住難民の受け入れ人数に大きな差があるのはなぜか
A.第三国定住難民はアメリカが最も多く受け入れており、理由はアメリカの成り立ちにある。アメリカはイギリスからの移民が始めた国であり、そのことにある種誇りをもっている。また、アメリカは多くの移民を受け入れる能力を持っている。アメリカ以外の国では日本では半年、その他でも最低1年間語学研修や定住支援、無料の住居提供といった充実した援助が行われる。アメリカでは原則1か月であり、1か月の間に自立できるよう指導するため、他の国に比べて極端に低コストで受け入れることができる。
中山 暁雄(なかやまあきお) 国際移住機関(IOM)駐日代表
1995年オーストラリア国立大学アジア太平洋地域研究所で国際関係の修士号を取得。1996年に国際移住機関(IOM)マニラ事務所にアソシエート・エキスパートとして赴任。コソボ、パキスタン勤務を経て、2001年から2004年までIOM本部でドナー担当官を務めた。2004年7月から駐日事務所代表に着任し、世界的な人の移動に関する日本との協力関係強化と日本が直面する移民問題に対する支援を行なっている。