【国際機構論】2009年11月10日 ILO駐日代表長谷川真一様

20091116
gallery]2009年度法政大学法学部
「国際機構論」

■テーマ : 「ILOと世界経済」
■講 師 : 長谷川 真一 氏 ILO駐日代表
■日 時 : 2009年11月10日(火) 13:30~15:00
■場 所 : 法政大学市ヶ谷キャンパス 富士見校舎 309教室
■作成者 : 山崎友紀 法政大学法学部国際政治学科2年

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<Ⅰ.講義概要>

G20(9月ピッツバーグ)にILOが初参加した。その際、雇用労働問題について首脳声明が宣言された。経済不況の現状の中で、各国は回復に向けてかつてないほど大きな政策を打ち出している。しかし、Jobless Recovery(雇用の改善を伴わない経済の回復)も問題である。来春ワシントンで行われるG20雇用大臣会議のために各国(ILOの事務所)は報告書を作成中である。

1.ILO(国際労働機関)とは
(1)ILOの歴史
1919年、国際連盟と同年に設立。本部はジュネーブ。1946年以来、国際連合の専門機関として経済社会理事会と密接な関係を築きながら活動しており、現在183カ国が加盟している。三者構成(政府側、使用者側、労働者側)の機関であり、三者は同資格で意思決定に参加できる。日本は設立当初からのメンバーであったが、1938年に脱退し1951年に再加盟した。
(2)ILOの目的
社会正義の実現を目的としており、「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる。」とILO憲章に明記されている。国際連盟は安全保障等について直接議論するが、一方、ILOは社会問題や労働問題に対応するために設立された。
(3)ディーセントワークの実現
ディーセントワーク=働きがいのある人間らしい仕事の実現を目標としている。
ディーセント=品のある、品格を意味している。日本は国際社会においてディーセントであることが特徴であり、評価されているのではないだろうか。真面目できちんとしているという点もディーセントであり重要である。
(4)ILOの組織と活動
総会(年1回、全加盟国の三者)、理事会(年3回、三者の一部が参加。常任理事国10カ国。労・使は3年ごとに選挙で選ばれる。現在、日本は三者全てが理事会に参加している。)、
事務局(本部はジュネーブ)、地域総局(5地域。技術協力活動の総括の拠点)、専門家をかかえる事務所、カントリーオフィス等から構成されている。たとえ国が条約を批准していても条約の内容を実施できていない現状もあるため、開発途上国の参加後は特に、基準を守るために国際的技術支援を行っている。
(5)国際労働基準
現在までに採択された条約数は188あり、そのうち現在発効している条約は172である。また、日本は48条約を批准しているが、これは先進国の中では少ない部類に入る。

2.世界の労働市場の変化
(1)世界の労働力の変化
アジアは人口が多いため、世界全体の労働力の57%(中国25%、インド16%)を占めている。世界的に女性労働者の増加や、少子化、高齢化が進んでいるが、現状では若者が多く労働市場にでてくる人々の数は多いため、雇用機会の創出が必要である。若年層の雇用は世界的に見ても特に大きな問題である。
(2)グローバル生産システム
世界的に企業等が効率的な生産を目指す状況は、雇用市場に大きな変化をもたらしている。
スキル不足・技能労働者の不足は大きな課題であり、今後も続くであろうと予想される。教育の必要性が重視されている。
(3)国際労働力移動の増加
移民は全世界人口の3%程度であるが、増加率は割と大きい。この点における問題は二極化である。技能労働者や高度技術者はグローバルに移動し、自身の適した場所へ移動していくが、一方、先進国であまり好まれない仕事を行っているのは移民労働者が多く、労働条件は悪い。人権にかかわる問題も発生しやすく、対応が必要。家事労働者(例えばフィリピン、インドネシアからマレーシア、香港などへ)も多く、移民労働者の49%は女性である。
(4)農村から都市への移住
発展がすすむにつれ都市と農村の格差が拡大し、移住が発生するが、移住者はインフォーマル経済の場において仕事を得る場合が多い。このインフォーマル経済は、労働法や社会保障の適用は実質的になく、労働者は守られていない。
(5)ワーキングプア
1日1ドルまたは2ドル未満で生活している人々の問題を重視すべきである。通常、失業率が悪いという点が問題視されるが、仕事があっても生計をたてることができる程度の収入が得られないという問題が途上国を中心に多くみられる現状の改善が必要である。
(6)雇用形態の多様化
企業としての柔軟性の確保と雇用の安定性(収入の増減など)のバランスをとることが必要である。
(7)様々な雇用の現状
今後、高齢化が世界全体で進むことが予測される。特に先進国では深刻である。その中でも日本は最上位にあり、この問題にどのように対処していくかという点が世界から注目されている。産業の部門別でみると、農業の割合は減少しつつあり、現在ではサービス産業に従事している人が一番多い。ワーキングプア(1日2ドル未満)の数は中国を含めた東アジアでは、急激に減少しているが、一方、南アジアやサハラ以南のアフリカでは10年前と数値はほぼ変わらない。児童労働数は、減少傾向にあるが全体数ではまだ多い。

3.ディーセントワークの4つの戦略目標
(1)仕事の創出(雇用)
(2)仕事における基本的人権の確保
ILOは1998年に「仕事における基本的原則及び権利に関するILO宣言」を採択した。ILOの条約は基本的に批准した国にのみ義務を課すが、基本的人権に関する4点(1. 結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認、2. 強制労働の禁止、3. 児童労働の撤廃、4. 雇用及び職業における差別の排除)については、条約を批准していなくてもILO全加盟国に原則を尊重・促進・実現する義務を課すことを宣言した。その後、UNのアナン事務総長がグローバルコンパクトというイニシアチブを掲げた。現在では100社ほどの企業がこれに登録している。これらの原則ができるにあたっては、1990年代にWTOに対して、貿易協定に社会条項を認めるべきだという声が欧米を中心に上がったが、話はまとまらず、ILOにこの問題が投げかけられた。その結果、批准していない国も基本的な4原則は守らなければならないという原則が生まれた。CSR(企業の社会的責任)やISO、SA8000なども労働問題に関連してくる。
(3) 社会的保護の拡充(保護)
(4)社会的対話の推進(対話)

4.世界経済危機とILO
(1)ILOは2009年6月の総会でグローバル・ジョブズ・パクト(仕事に関する世界協定)を採択し、回復と発展を促進する原則を掲げるとともに、各国が状況に合わせて採用できるような具体的な政策の選択肢を提示した。また、仕事に関する世界規模の行動原則では、第一に、回復と開発を援助するための国際的及び国内行動の一部として、雇用と社会的保護を構築することを優先させること。第二に、脆弱な立場にある人々の配慮の重要性を記している。また、労働市場へのアクセスの促進や、保護主義的解決の回避、持続可能性などについても記されている。そのほか、積極的労働市場政策や社会保護システムの構築、権利と社会対話など様々な政策がとられている。
(2)グッドプラクティスアプローチ(各国の成功例)を広め、政策の提示をしていく活動を進めている。

5.日本のディーセントワーク課題
(1)権利の分野において、男女の賃金格差が30%以上ある国は世界的にめずらしく何か問題があるとして、よく取り上げられている。また、長時間労働も問題となっている。一方、日本の社会的対話は良い例として取り上げられている。
(2)ILOと日本の関係については、様々な問題に対して、様々な省庁と取り組みを行っている。しかし、日本は分担金比率が高い(世界第2位)にもかかわらず、日本人職員数は少ないので改善していく必要性がある。また、アジアにおける日本を中心としたディーセントワークの実現が目標である。

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<Ⅱ.質疑応答>
Q.なぜ三者の比率は、政府28、労・使各14であり、同比率ではないのか。
A. 総会の票数は、政2、労・使各1となっており、それと同比率になっている。
一方、総会の中の委員会では三者は1/3ずつの同数の権限を保持している。
重要な意思決定においては、政2、労・使各1という比率が採用されている。

Q.途上国では、子供達は家計を支えるために労働をしているが、子供には教育と労働の援助が必要である。子供の保護に対してはどのような支援をしているか。
A. 子供達に対しては教育をした上で、ディーセントワークを支援していくという流れが必要。そのためには児童労働に関する条約に批准し、政府として問題にコミットメントすることが重要である。その上で、現実の状況改善に努めていくべきである。

Q.ILOが国の政府に対して強く助言を述べる権限は保持しているのか。
A. 現在のところ、そのような権限はない。ILOとしては、各国政府の状況に合わせてその時々の状況改善を行っていくことが問題解決につながるという見解をもっている。

Q.世界各地におけるスキル不足は、人口移動によって改善することはできないのか。
A. 労働のために他国へ移住したとしても、その仕事がなくなったとき本国へ帰ることは難しい。つまり、人の移動は一時的なものではなく、永住することを考慮したうえで取り扱われなければならない問題である。

Q.少子高齢化が進む中、日本は移民を受け入れ人口を増やすことが解決策となるのか。
A.高齢化は世界全体で生じている問題である。労働市場は需要と供給の関係を配慮しなければならない。供給側(=来日する人)の、どのような人が日本に来て働くのかという点を考えていくべきである。

長谷川 真一
1972年東京大学法学部卒業後、同年労働省に入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部に一等書記官として勤務。労政局労働法規課長、労政局労働組合課長、労働基準局監督課長、大臣官房秘書課長、職業安定局高齢・障害者対策部長を経て、2000年から大阪労働局長。2002年より厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)としてILO総会・理事会に政府代表として出席。2005年ILOアジア・太平洋地域総局長。2006年1月よりILO駐日代表を務める。