3. UNMIT訪問に関して
UNMIT(国連東ティモール統合ミッション)においては、現職のSRSG(国連事務総長特別代表)であるアトゥール・カーレ氏のブリーフィングを受けることが出来た。
彼は私たちのゼミの担当教授である長谷川祐弘先生の後任であり、国連職員たちからも人格者として、この国における国連のトップとして尊敬されている人物である。
この2年の東ティモールの民主主義の進歩に関してカーレ氏は、グスマン首相と同様に「政党がお互いに反目しあうことをやめたこと」と「国民が民主主義を守ろうとし始めたこと」を指摘された。これらの認識はこの国の識者たちの間では共有されているようである。
ただし、カーレ氏は、汚職、脆弱な司法府、警察と軍の役割分担の問題を挙げ、これらが東ティモールの民主主義を崩壊させる可能性があることを示された。また、警察が治安維持において大きな役割を果たしている一方で、警察による犯罪を司法府が裁けない、警察が政治家の道具になってしまう、警察による不法な捜査が行われるという問題があるそうである。
また、カーレ氏が言うには、UNMITが持つ大勢の人員は東ティモールの治安・経済において特殊な一部を構成しており、UNMITの撤退の時期を選ぶことは非常に難しいとのことである。2006年の暴動も国連の平和維持軍と治安維持部隊の大幅縮小後に起きており、各国も慎重になっている。
また、東ティモールにおいて国連の人々は比較的に高給取りである。ディリには国連職員や兵士を相手にした商売で成功している人々が数多くいるため、国連の縮小自体が経済的に打撃を与える可能性がある。そのため、UNMITの撤退に際しては政治情勢や経済成長、治安などを考慮して判断される必要があるだろう。
4. UNDP訪問に関して
UNDP(国連開発計画)は民主的ガバナンス、貧困削減、紛争予防、貧しい人たちのための政策提言の4つの分野で活躍している国連機関であり、国連の開発分野の機関としては最大のものである。
この機関のトップはSRSGが兼任することとなっている。それゆえ、前述のアトゥール・カーレ氏が代表を務めている。
これは“1つの国連”として活動するためとされている。東ティモールの国連ハウスに行ってわかったことだが、エージェンシーの事務所群とミッションの間は端から端まで塀で仕切られ、中間に小さな穴があけられていて人が通れるようになっているという状況である。
エージェンシーの中で中心的な役割を担っているUNDPとミッションのリーダーを同一人物にし、“一人のリーダー”によって隔てられたエージェンシーとミッションの活動に一貫性を持たせるということなのだろう。
今回の訪問では、副代表の高木さんや各ユニットの担当者の方々からブリーフィングを受け、別の日には貧困削減ユニットのプロジェクトを見学させていただけた。しかし、これは“民主主義について”の文書であるため、民主的ガバナンスユニットの話題に絞らなくてはならない。
UNDPの民主的ガバナンスユニットによる活動は4つの主権機関(議会、大統領府、司法府、内閣)への支援だけでなく、人権状況の監視、メディアや市民社会組織の強化、地方統治支援、選挙サイクル支援と広範な内容を含んでいる。
各機関への支援は、能力開発、システムや手続きの向上、職員が持つべき態度や習慣の定着といった面から行われているそうだ。STAEを訪問したときにも、そこにはUNDPの職員がいて、私たちにSTAEへの支援について解説してくださった。
彼によると、STAEやCNEのメンバーもUNDPの選挙サイクルユニットの研修旅行に参加しているうえ、市民教育、物流の面でもUNDPの支援を受けているという。また、政党もUNDPからコンピュータや印刷機を借りている。
このように、UNDPの民主的ガバナンスユニットはUNMITと並んで東ティモールの民主化に最も深く関係している機関である。
ある職員によると、民主的ガバナンスユニットの2009年の最大の関心事は、東ティモール史上初の全国同時の知事選挙が行われることだという。
なぜこの選挙がそれほど大事かと言うと、東ティモールには今まで県ごとの自治体が存在しなかったのである。
現行体制では、中央政府があり、住民から選ばれた村長たちがいる。しかし、県政を行っていたのは住民から選ばれた知事ではなく、中央政府から指名された行政官だったのである。
この選挙は、同時に各自治体の誕生を伴うものであり、この国の統治に大きな変化を与えるであろう。
※2009年の知事選挙の重要性に関する考察
2009年の知事選挙は、東ティモールが中央集権国家から地方分権国家へと移行していくための最初の大きなステップである。また、東ティモールにおいて各県に自治体が誕生するということは、政治への住民参加、バランスの取れた開発、効率的な行政活動の面で大きな進歩をもたらすであろう。
まず、政治への住民参加の面を考えると、前述のように現行の体制において県政を担っていたのは中央政府から任命された行政官であり、住民の投票によって選出された知事ではない。また、東ティモールの国会議員の選出方法は完全な比例代表制度であり、日本の選挙区制のように地域を代表して国政に参加している議員はいない。
つまり、国政においても、県政においても地方や各県を代表している人物はいなかったのである。
それゆえ、自治体の誕生と自らの代表を選ぶ権利を得ることによって地方の住民は初めて地方・各県の意思を表明することができるようになるのである。
次に、バランスの取れた開発という面での効果について考えるが、それには地方の状況を把握する必要がある。
UNDPが出している東ティモールに関する人間開発報告書(HDR)によると、東ティモールの貧しい人々は田舎の農村地域に集中している。
私たちゼミ生は首都のディリの他にレキシア、マナトゥトゥ、エルメラ、サメ、アイリウという地方の県を訪問したのだが、首都からしばらく車で走るとガスがない、電気がない、下水設備がないという状況であり、基本的な設備がそろいつつある首都とはまったく違う状況なのだ。
首都は北側の海岸地域にあるが、南側の海岸沿いのナタボラという地域ではほとんどの家に電気やガスがなく、夜になると私が体験したこともないような暗闇につつまれ、1m先も見えないという状況であった。
また、国境のエルメラ県にあるコーヒーを作っている村も同様に電気やガスがなく、下水施設がないため村共同の汲み取り式トイレを利用しているという状況だった。
また、これらの遠方の地域に行くための道路は整備されておらず、物や人の移動を妨げる大きな要因となっている。
自治体の誕生はこのような遠方の県、貧しい県、国境などの特殊な問題を抱えた県の意見を政治に反映し、国の予算を地方に分配することで地方発展を促すことに必ずプラスに働くだろう。
最後に、行政活動における効果について考える。東ティモールは岩手県とほぼ同じ面積の小さな国だが、
道が悪いために私たちが首都から南側の海岸付近まで行くのに車でまる1日かかった。
本島の最東端にたどり着くには車で2日かかると言われている。首都にいる政治家たちが頻繁に地方を訪ねるのは簡単なことではない。
中央政府の人々が地方にとっても適切な政策を編み出すことは難しい。
また、東ティモールは西ティモールの中にあるオイクシという飛び地やいくつかの小さな島を持っており、
そういった地域や地方の特別な状況の件にはそれにあわせた特別法令や条例が必要である。
活発な地方政府の建設は、その地域の人々によるその地に見合った制度作りの基礎になるだろう。
5. ラサマ国会議長訪問に関して
憲法によると、国会議長は議会における議事の運営に携わる役職である。
また、大統領が突然になくなった際には臨時に大統領としての機能を兼任するという議会での役割を超えて重要な役割である。
現在の国会議長であるラサマ氏は2007年の大統領選挙にも立候補した有力者であり、現政権でも大きな力を持っている人物である。長谷川ゼミの学生はラサマ国会議長の自宅に招いていただき、夕食をご馳走になった。その際、国会の機能についてお話を聞くことができた。
彼によると、東ティモールの国会は立法府として機能し始めているとのことである。
しかし、過去に国会議員を経験している代議員が少なく、多くの政治家たちがまだ試行錯誤を繰り返している段階だそうだ。
また、東ティモールの公用語はテトゥン語とポルトガル語だが、テトゥン語は法律関係の語彙がまだ乏しいと言われている。そのため、ポルトガル語の語彙を借りなければならない場面あるそうである。
しかし、多くの代議士はポルトガル語を話せないため、国会において言語の障害が存在するとのことである。
さらに、国会図書館の規模が小さいこと、国会のなかに法律の専門家がほとんどいないことなども深刻な問題だそうだ。
逆に、国会議員の約30%を女性が占めているそうで、ジェンダーへの気づきが日本よりすすんでいるように感じた。
【C. 民主化の成果と課題について】
ディリ市内の様子は、前にも述べたように昨年と比べるとかなり落ち着いたように感じた。
それは国民の中にも平和を望む声が大きいことだけでなく、ほとんどの避難民たちがそれぞれのふるさとへの帰還を果たしたことや国家警察が強力に機能し始めていることなどがその理由に挙げられると思う。
この背景にはティモール海のオイルマネーをつかんだ政府が以前よりも大きな統治能力を持っているということがある。
滞在中「避難民たちは$4000を政府から受け取って帰還した」とか「政府の方が国連よりも高い給料を出せるから、国連は優秀なナショナルスタッフを維持できなくなりつつある」といった話を聞くこともあった。
一方、警察による人権侵害や逮捕状なしの逮捕なども存在するようである。
そして、これを訴追できるような強い司法が確立されているとは言えない。
約40%の若い世代が職に就けず、フラストレーションをためている現状を考慮すると、正義が確立されていない平和を続けることは将来に火種を残しかねない。
政府が憲法を尊重し、法的な手続きをきちんと守ることで法の支配を定着させることが必要だと思う。
また、2009年の知事選挙とそれに伴う自治体の誕生は東ティモールの民主主義にとっては大きな出来事となるであろう。2002年の制憲議会選挙と東ティモール政府の誕生のプロセスに対する国民の不満は2006年の暴動の火種となった。
このことを考えると、2009年の知事選挙は公正・自由に行われるだけでなく、選挙の方法や自治体の制度を国民がある程度理解したうえで行われる必要がある。
そのためにはSTAEやCNEや国連、NGOによる徹底した市民への啓発と投票日への周到な準備が求められる。
東ティモールは2002年の独立から急速にその体制を整え、現在の平和までたどり着くことが出来た。
そして、来年には各県に自治体が誕生し、国の支配体制は一通りの完成をみることとなる。
しかし、政治家たちのほとんどは政治における経験をほとんど持っていないうえ、東ティモール人の法律家はほとんどいない。
グスマン氏やペレイラ氏のような内閣のメンバーや政府職員たちでさえ、一国を運営するのは初めての経験なのである。
この国は戦後の日本が経験したように、“民主主義とは何か”、“法の支配とは何か”ということを続けて学んでいかなければならない。
この国の民主主義の歴史の浅さを考えれば、今後も国連などによる政治支援が必要である。
東ティモール大学の法学部の学生たちが育ち、東ティモールが海外からの法律家ではなく自国の法律家によって法の支配を守っていけるようになるにはしばらく時間がかかりそうである。
“暴力の文化”を断ち切り、“民主主義を守る文化”を定着させていくには東ティモールが民主主義の配当を体験し、民主主義と法の支配を自らの習慣としていくことが唯一の方法となるのではないだろうか。
私は、長谷川教授の下で2年間東ティモールにおける平和構築について学び、2回に渡ってこの国を訪問してきた。
そして、この国の民主主義が成長していく様子、この国が一国としてまとまっていく様子、国民が民主化と法の支配による配当を驚きとともに発見していく様子を共有できたことはすばらしい経験であった。
今尚、この国の平和構築・定着における課題は山積みで、全てを解決するには相当の時間がかかることが予測されている。
私は、今後もこの国の平和構築について研究し、自らの貢献をもって関わり続けていたいと考えている。
長谷川先生
コメントをありがとうございます。
素晴しい場所でインターンの機会を与えられて感謝です。
来年の地方選挙の期間にも東ティモールに滞在できそうですので、帰国した際にはそれについても報告できるかもしれません。
ご期待に応えられるようにがんばります。
研修旅行で観察した点をよくまとめてあると思います。そして来年の地方選挙の成果が重要である点を指摘しているのは的をえています。その意味で土屋君が東ティモールのUNDPの現地代表部にインターンとして勤務されるのは有意義であると思います。
長谷川祐弘